銃を持っている時は、全て忘れられる。
 ランダムに現れる的を、早く、正確に撃ち抜いていく。余計なことは頭に入れない。ただただ、反射的に撃てるよう、躊躇うことのないよう、繰り返し繰り返し自分に教えこんでいく。
 何度も何度も繰り返した作業を、武器の種類を変え、更に繰り返していく。どんなに癖のある銃でも、同じことができるように。
「相変わらず可愛げのねえスコアだな」
 淡々としたその工程を打ち切ったのは、不機嫌そうな声だった。
 拳銃の弾倉を変えようとして、ローチは声のした方を振り返った。
 いつから見ていたのかは分からないが、ゴーストはローチの後方、射撃演習場をよく見渡せるように設けられた、簡易な台に身を落ち着けていた。彼にしては珍しく、いつもきっちりとかぶっているバラクラバを上げて、口元が見えている。
「中尉……」
 呼びかけようとして、ローチは目を瞠った。
「あっ、あー!?ちょ、ゴースト、それ!」
 ゴーストの手元を指して、悲痛な声を上げる。
 彼の手元にあるのは、プラスチックの容器。憎たらしいことに、しっかり使用済みのスプーンが刺さっている。
「それ、俺が買ってきたイートン・メスじゃないですかぁ!」
「温くなってる上に、バカみてぇに甘すぎる。もっとマシなの買ってこい」
「勝手に食っといて、その言い方!」
 絨毯のように広がる空薬莢をかき分けて、ローチは慌ててゴーストの方へ足を進める。
「もう一個あったしいいだろ」
「そもそもゴーストのために買ってきたんじゃないんですけど!?」
 紙袋の中に残っている分を確認してから、ローチは深々と嘆息を吐いた。ゴーストが手に持っているそれも回収しようと手を伸べたが、あっさりと躱され、口を尖らせる。
「食べないなら返してください」
「断る」
 ゴーストは自分が口をつけたものを、他者に譲ろうというタイプではない。ローチはそれを知っていたので、渋々引き下がって、残ったほうの容器を取り出した。蓋を取り、店頭でつけてもらった小さなスプーンでかき混ぜて、口に運ぶ。
 よく知った甘さが広がって、顔が緩むのが分かった。
 食べたいと思ったものが、その時に食べられるというのは贅沢だ。
 彼らの多岐に渡る任務の中では、飲み水の確保さえ危うい状況さえある。甘いもの、酒の類いには縁遠いことなどざらだ。
 国で待機中などという場合には、こうして、その贅沢を味わうことが出来る。
 ローチがその甘さを噛み締めていると、
「それで?」
 と、促す声がして、彼は顔を上げる。
「どうしても食いたいものがあるとか抜かして基地を出てった奴が、その食いたいもの放り出して、射撃訓練か?」
 咀嚼したものを飲み下しながら、僅かに喉に引っかかる気がした。
 ゴーストはといえば、あまり興味がなさそうに、ローチが散々散らかした空薬莢のほうを眺めている。しかし、その実、彼はローチからの返答を待っているのだとわかって、やや居心地悪く身体を揺すってから、ようよう、答える。
「別に、なにかあったわけじゃ」
 しかし、濁すような言葉を、ゴーストは最後まで待たなかった。
「お前、モヒカン頭と同じタイプだろ」
「え?」
「なにかあると、女でも酒でもなく、訓練で発散するタイプ」
「……モヒカン頭って。上官に向かって……」
「うるせえ」
 素気なく一蹴したゴーストは、肘を突いて其処に顎を乗せた。
「分かり易くて結構だけどな。どうせしょうもないことだろうが、こいつの駄賃代わりに聞いてやる」
 尊大な言い様に、ローチは賢明にも文句を飲み込んだ。
「本当に、しょうもないことなんで、人に聞かせるような話じゃないんですよ」
「もったいぶらず、さっさと話せ」
「もー、短気だな!街で、たまたま、昔馴染みに会ったんですよ。多分、ミドルスクールが一緒だったと思うんですけど、あっちは俺のことを覚えていたらしくて」
 ゲイリー、と親しげに呼ばれた後も、暫く相手のことは思い出せなかった。相手が名乗った折に、そういえばと、幼い頃の顔が浮かんだ程度だ。大して親しいという間柄ではなかったように思う。
 何処かで聞いたのか、或いは見目から判断したかは分からないが、軍人然としたローチに対して、彼は余り友好的ではなかった。
「それでまあ……、反戦や、平和とか、そういう話を?」
 詳しい内容は割愛したが、ゴーストの僅かに見えている目元が一瞬で険しくなるには十分だった。
「なるほど。眉間に一発ブチ込んでやったか?」
「中尉の拳一発は普通に人が死にますよ。一般人相手に、やるわけないでしょう」
「じゃあなんだ。有難くご高説を拝聴しただけか?」
「ええ、そうです。好き勝手しゃべったら、帰って行きました」
 即飛んできた物騒な言葉をなだめるように、ローチは笑った。妙な後味をごまかすように、手に持った儘だったお気に入りの甘味を流し込む。
 そうして、武器を置くための台に腰を下ろすと、ローチはゴーストを見上げた。
「いいんですよ。それで」
 しかし、ローチはあっさりとそれを肯定して笑う。
「でも、ムカついたろ」
 ゴーストが指摘した通り、連隊の外にいる者に、何が分かる。という気持ちがないわけではなかった。けれども、そういった気持ちは、空薬莢と一緒に捨ててしまうのだ。
「……俺にはウェンブリースタジアムのステージで歌う気持ちは分からないし、一年中デスクワークしてる奴の気持ちもわかりません。きっとそれと同じでしょう」
 彼が連隊を目指した理由は、最初は大義のためだった。いろいろな理由があって、皆其処に集う。誰がどんな理由を抱えていても、ローチは構わなかった。
「わかってほしい、なんて思ってません。きっと分からないだろうから。連隊は入るときも死ぬほどつらいし、正直今も死ぬかもと思うくらいきついことなんて山のようにあります。でも……」
 厳しい日々に何もかも摩耗し、ただ一つ、立ち続ける理由として、手の中に残ったものがある。
 これは、きっと、同じ立場の者でしか理解出来ないだろう。
「他人の評価なんて知ったことじゃない。俺はいつだって、仲間のために戦います」


*** *** ***


 轟音を轟かせて、核が空高く飛んでいく。それはもう、誰にも止めようがなかった。
 誰もが為す術なくそれを見送る中、誰かが声を上げた。
「プライス大尉だ……」
 核を吐き出した潜水艦から、一人出てきた人影を認めて、ゴーストは見張りのため登っていた建物を転がるように降りていく。ローチは耳に当てていた通信機から手を離すと、ゴーストの背を追った。
「プライス!!」
 ゴーストは今までにないほどの剣幕で詰め寄ると、ローチが止めるより早く、プライスの襟元に掴みかかった。プライスは全く抵抗しなかった。それどころか、眉一つ動かさず、ゴーストを見据える。
「お前自分が何をしたか分かってんのか!!」
「中尉!」
「テメェは黙ってろ! 答えろ、プライス!!」
 ローチはゴーストの肩に手を掛け、制止を図る。しかし、彼は振り返りもせず、声を張り上げ続けた。ほんの寸瞬、ローチは眉を寄せ、やがて鋭く息を吸い込むと、
「……ゴースト!!」
 負けないくらいの声量と、ありったけの力で、ゴーストを引き剥がす。
「此処はまだ敵地です。全部後で」
 鋭く告げ、通信機に呼びかける。
「マクタビッシュ大尉、聞こえていますか」
『……ああ』
「予定通り第一回収地点へ向かいます。大尉も来てください」
『分かった』
「……プライス大尉もそれで良いですね?」
「ああ。……行くぞ、気を抜くな」
 プライスは全く歯牙に掛けない様子で、いつも通り、指示を下した。何か言いたげにしたゴーストに気がついて、ローチはその肩を叩いて促す。返答として、鋭い舌打ちが聞こえ、ゴーストも回収地点へと走り出した。
 ローチはうんざりとするほど青く抜ける空を見上げたが、遠く尾を引いて飛んでいった筈の核はもう何処にも見えなかった。


 無事に回収地点へと辿り着いたが、皆、一様に無言であった。目に見えるかと思うほどの、重たい沈黙の中、ローチはゴーストの隣に身を落ち着けた。隣からは、殺気に近いほどの苛立ちをひしひしと感じながら、正面に腰を据えた二人の上官を見据える。
 プライスは、核爆弾の発射装置に手をかけたというのに、平然としていた。腕を組んで、平時と全く変わらないように思える。マクタビッシュは、考え込むようにして、機体が進む進行方向を眺めていた。
 ローチは銃を抱えた儘、重苦しい雰囲気にため息を吐く。全く気は進まないが、仕方がない。
「大火を消すには、もっと大きな火が要る、でしたか?」
 口火を切ったのは、ローチだ。皆、ローチの方に視線を向ける。
「プライス大尉の意図は、大体わかります。陸続きじゃないところから持ち込まれた兵器は、核の影響で大体使用が不可能になったでしょう。勿論、敵味方も含めて同じでしょうが、本土に兵器がごまんとあるアメリカと、再び空輸で持ち込まないと行けないロシアとでは、条件が違う。これからの戦況は有利に進むでしょう。少なくとも、首都の奪還は叶うはずです」
 そこでローチはプライスを伺った。彼は表情を変えず、黙った儘だ。それを肯定と取って、続ける。
「でも、俺にとって問題は其処じゃない」
 あの時、プライスは誰一人、潜水艦の内部には連れていかなかった。
 敵が残る潜水艦の中の誘導、そして、核の発射を調整するための、優秀な工兵の指示や案内があれば、単独の潜入でもそれを為し得ただろう。それでも、いささか無謀ではあるが。
「……マクタビッシュ大尉。プライス大尉の計画を知ってましたね?」
 そして、ローチの知る限り、マクタビッシュは優秀な工兵でもあった。
 あれだけゴーストが回線を通じて喚く中で、マクタビッシュもプライスも全くの無反応だった。別の回線を通じて、やり取りをしていたのなら、納得がいく。
 ほとんど確信に近く、ローチが責めるような目線で、マクタビッシュを見る。
 彼は、プライスと同じく肯定も否定もしなかったが、ほんの少し、それとわかるように苦笑を浮かべた。それを見て、ローチは落胆の色を浮かべる。考えるより先に、それは言葉としてこぼれ落ちた。
「……水臭い」
 そして、それは、意図しないだけに、紛れもない本音であった。
 プライスはそれを聞いて片眉を上げ、マクタビッシュは瞠目する。
 実際、この行動は、プライスの独断だ。麾下兵士は、マクタビッシュただ一人を除き、その目的を知らされていなかった。
 あまりに危険が伴う。そして代償も多い。全てが終わった後、必ず、この始末の責任を負うものが必要になる。
 そして、その時矢面に立つことになるのは、考えるまでもなく、目の前の二人なのだろう。それがわかるからこそ、憤ろしくてたまらない。
「後々、白日のもとに晒されたら、二人で勝手にやったことだと口裏合わせでもする気ですか? 部下は知りませんでしたって?」
 いっそ怒気が籠もって、吐いた言葉には抑揚がなくなる。隣で、ゴーストが微かに身じろぎする気配がしたが、そちらを伺う余裕は消えた。
「冗談じゃない。誰がそんなこと頼みましたか」
言葉に乗せると、怒りで体が震えた。反対に、思考は酷く冴え冴えとしてく。
 吐き捨てるような語調になったことを自覚して、ローチは意識して、深く息を吸い込む。俯いて、怒りを抑えるように、ゆっくりと吐き出した。連隊の者であるなら誰もがそうであるように、己を律する術を知っている。
 再び身体を起こして、正面に座った上官二人を見据えた。
「俺はその必要があるなら、プライス大尉。貴方の為に死ねる」
 それは、淡々としながらも、決然とした声であった。
「マクタビッシュ大尉のためにも、ゴースト中尉のためにも。誰であれ、本当にそれが必要なら。連隊の者は皆そうでしょう」
 知らず、ローチは身を乗り出した。
「貴方が必要と判断したことであるなら、俺たちは従います。貴方がやることは俺たちもやるべきだし、貴方が行くところには俺たちも行くべきだ。なんのための部隊ですか。後ろでただ見ていろなんて、本当に、冗談じゃない。サイロは開いていくし、呼びかけても呼びかけても、貴方からの応答は一切ない」
 言いさして、ローチは眉を寄せる。言葉を選ぼうとして、結局、素直にその時に感じた感情を選んだ。
「……心配しました」
 その訴える切実さに、プライスは目を瞠ったし、マクタビッシュは困ったように笑った。ゴーストの方からは、聞こえよがしにため息が聞こえる。ただ、ゴーストからの隣にいるのが憚られるような怒気は、もう消えていた。
「だから言っただろう。こいつらにだけでも、知らせて置くべきだと」
 マクタビッシュは微かに笑った儘、プライスを一瞥する。
「お前のような若造に説教されるとはな」
 プライスは腕を組んだ儘、憮然と呟いた。しかし、やがてローチとゴースト、そして、麾下の兵士たちを見、
「そうだな。説明するべきだった」
 落とすように呟いた。それは、彼なりの誠意であるようだった。
「次はないですからね!」
 追い打ちのように、上官を指さしてローチは声高に宣言する。
 先程の怒気など何処にもないような、打って変わった陽気さに、プライスは思わず、僅かに顔を伏せて嗤った。



 先程の作戦を受けて、アメリカ本土は混乱に陥っているらしく、一切の連絡がつかないため、一先ず元も近い友軍基地に身を寄せることとなった。
 輸送機が到着すると、それまで終始無言で通していたゴーストが、誰より先に立ち上がり、タラップを降りていく。
 マクタビッシュが立ち上がり、後を追いかけるのを見て、ローチはその腕を引く。
「大尉」
 呼び止めて、ゆるく首を振った。
「駄目ですよ。今大尉が行っても、火に油を注ぐだけです」
 ローチは付き合いの長い二人の上官の癖をよく理解していたので、恐らく気にしているであろうマクタビッシュの肩を、なだめるように叩いた。
 ああいう形でゴーストがふらりと姿を消す時は、恐らく一人にしておいたほうがいいのだろうと、ローチは知っている。けれども、状況はそんなに悠長なことは言っていられないかもしれないと、よくわかっていた。
「後で一緒に合流します」
「すまん」
「いいえ。でも、一つ貸しですよ!」
 ローチはそう言い残して、ゴーストの後を追った。
 遅れてタラップを降りると、見慣れない友軍基地は勝手が分からなかった。しかし、どのような場所でも、余所の軍人が間借りする待機場所というものは変わらないものである。
 ローチは途中、人を捕まえて施設内部を把握すると、ゴーストがいそうな場所を訪ねて歩いた。
 ゴーストは何処にいても悪目立ちがするので、何処にいても見つけやすい。その風貌の異様さは、周囲の目を引くからだ。
 果たして、火器庫の傍で、人々を遠巻きにして一服している姿を見つけた。
「中尉」
 呼びかけると露骨に口元を歪めるので、ローチは思わず吹き出してしまった。足早に歩み寄って、途中で調達した珈琲を差し出す。
「お疲れ様です。飯、もう食いました?」
「……」
「今食っとかないと、機会を失いますよ。ここの基地の飯、美味しいらしいって、さっき聞きました」
 煙草を咥えていたゴーストは、嘆息と共に煙を吐き出すと、やっとローチの差し出したカップを手に取った。勿論、そのついでにローチを睨みつけるのも忘れないので、思わず口角が引き攣った。
「ご機嫌取りか?お前に宥められるほど落ちぶれてねえよ」
「そもそも機嫌を伺わなきゃならないほど、もう怒ってないでしょう?」
 カップに口をつけながら、ローチはゴーストの隣に並んだ。
 ローチが察するに、ゴーストが逆上したのは本当に最初だけだ。おそらく、回収地点に到着する段階で、ローチが察した事柄は大体同じように察していたことだろう。
 その証拠に、それ以降、彼はプライスに掴みかかったりはしなかった。ただ、ローチが上官二人に問いただす間も無言を貫いていたので、彼らの行動に納得できたかどうかまでは分からなかった。
 ローチは横目でゴーストを伺う。
 濃い色のサングラスと、もう目に馴染んだバラクラバに遮られて、その表情はよく分からなかった。
「中尉は口が悪くて、気が短いし、手が出るのも早いし、……本当にもの凄く口は悪いですけど」
「喧嘩売ってんのか、お前」
「でも、俺らの中で多分誰より無私で、大義に忠実だ」
 多くの人間がそうであるように、大義によって、或いは世界で起こる数多の理不尽への義憤によって、兵士を志す。ローチがそうであったように、ゴーストもそうであったと、人伝に聞いたことがあった。
 ローチは結局、大義よりも大事なものを見つけてしまった。それが悪いことだとは思わない。けれども、だからこそ、何よりも正しさを優先する強さは、きっとゴーストの方が上だろうと思っていた。
「俺やマクタビッシュ大尉は多分、真っ先に仲間への心配が勝つけど、中尉はそれより正義や大義のために怒れる人だ。プライス大尉がやったことは、被害がない筈ない。この先、余波も大きいでしょう。だから、中尉が納得できないのも分かります。つまるところ、中尉は絶望的に口が悪いけど、なんだかんだ、面倒見いいし、優しいですからね」
「あ?」
「そう考えると、プライス大尉の、目的のためにあらゆる物を切り捨てられるタイプとは衝突しそうだ。じゃあやっぱり、黙ってやるしかなかったんだろうなあ」
 ぼんやりと中空を眺めたローチが零した言葉を尻目に、ゴーストは、手にもったカップを一気に煽ると、即座に握りつぶした。
 それをローチの額に投げつけると、大仰に嘆息をして、手に持った儘だった煙草を捨て、足でもみ消す。
「いてっ」
「誰が優しいだ、誰が」
 照れ隠しだろうか、と察して、ローチはにんまりと口角を上げた。
「大尉も中尉もですよ。二人とも、部下を見捨てたりするタイプでもないですし」
「お前のことは見捨てるけどな」
「ええー……?」
 素っ気ない応答にローチは大仰に肩を落とす。
 その様を鼻で笑って、ゴーストはバラクラバを被り直すと、顎を癪って外を指した。
「飯、行くんだろ。付き合ってやる」
「ほんとですか?きっと、大尉達も先行ってると思います」
「そうか。じゃあ、あの馬鹿共を一発ずつ殴れるな」
「もー!問題起こさないでくださいよ!?」
「お前はムカつかないのか。信用問題だろ。分からせてやった方が良い」
「文句はもう済ませましたから。ひょっとして、根に持ってます?」
 歩き出したゴーストに追いついて、ローチはその横顔を覗き込んだ。心なしか、まだサングラスの奥の目は据わっている気がして、彼は一つ嘆息を零すと、上官をフォローすることにした。
「……信用問題っていうのはちょっと違うと思います」
 確信があるわけじゃないですけど、と付け足して、続けた。
「大事に思ってくれたから、連れていかなかったんでしょ。分かりづらいけど、多分優しさなんだろうと思うんですよ。だからこそ、水臭いって言ったんです。マクタビッシュ大尉もそういうとこあるんですよね。プライス大尉に似たんだろうな」
 特に、プライスは多くを語りたがらない人であると、ローチは思う。そこは、少しマクタビッシュとは違うところだ。ただ、二人はよく似ている。きっと、マクタビッシュは努めて、プライスに似るように道を歩んで来たのだろう。踏襲するには困ることまで、時折似ている。
「真実、相手を思うなら、自分も同じくらい大事にして貰わないと、心配でしょうがないですよ」
「お前に心配されるようじゃ、あの髭も立つ瀬がねえな」
「髭って……アイタッ!」
 突然頭を小突かれ、ローチは情けない悲鳴を上げる。
 ゴーストはサングラス越しでもはっきりと分かる鋭い目つきでローチを一瞥した。
「タスクフォースは仲良しサークルじゃねぇんだよ」
 すぐに向き直り、ローチを置き去りにするほどの早さで歩き去る。
 ローチは慌ててそれに続いたが、やがてゴーストは肩越しに振り返った。
「だが、今回は……お前に免じて、大人しくしといてやる」
 それが、ゴーストの最大限の譲歩だと、ローチには分かった。
「中尉も素直じゃないよなあ……」
 世界は混迷を深めるばかりだ。いっかな、平和は叶わない子供向けの童話の域を抜けない。だからこそ、身内に諍い事などないほうがいい、とローチは思う。
 ローチはその背を眺めて、呆れたように溜息を吐くと、やがて笑みを浮かべてその背を追った。





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